シンセサイザーとたわむれる

ピアノの音は昔から好きだったが なんというかシンセサイザーの音で 単純につくれる音は 好きになれなかった。 いまは かなり まあ こういっちゃあナンだけど 技術が進歩し マニアックで耳障りのいい音が 聴けるようになった。 しかし いま くらいで 進化をとめておくのが ベターではないかな。 今度 あまりに簡単に いい曲をつくれ…

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音楽的慟哭のような悲しみの谷

小さな音で ルイジ・ノーノの 巧みにつくられた曲が聴こえてくる。 所詮は 虚無だ。 虚無を超える。 無私になること。 何かの職人になり 肯定すること。 欲しがらず 充足すること。 やはり 宮沢賢治 に たどりつくのか。 迷いつつ 的を得ていること。 つまりは 一杯の水で 満足すること。 幸福とは 何も 求めなくともい…

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シンセとぼくの話

一年くらい前から シンセを弾いて あそんでいる。 ごまかし ごまかしなら 何とか 曲のようなものも つくったが まだ しっかりとした曲は つくれていない。 しかし 始めて一年 まあ上出来のほうではないか かと 強がりたくもなる。 その間 これもまた 一人暮らしを堪能した。 新余裕派 という…

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コトリンゴって、よくネ

コトリンゴは 作曲の才能に恵まれたというほどではないものの コトリンゴの歌は いまっぽい と感じる。 何故か。 それはあの歌が 彷彿させる空気にある。 声は矢野顕子に似ている。 曲も まあ どちらかといえば そうかもしれない。 つまりは 十全に 天賦の才にめぐまれてはいなかったかせ あの声…

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悪女にさえ、美食術ができる

さて やはりおいしいものを食べたいのは 誰もが同じ。 で 悪女の美食 悪女の美食術という本さえあります 福田和也 この人は 壮年期に入ると いいものを書き始めました 福田さんは 実は 奥さんは 良い奥さんを もらっています 大学時代から 福田さんは いまの 奥さんに目をつけ 後ろから つい…

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をんなのソックス、いざ、脱いだら

これはこれまでにない御足をしたをんなの足ではないか と 三四郎は はっとし、 しかし ソックスを そうっと脱がしていき ふと目を 違うほうに向けると 灰黒色の ぼーっとしたなかに 白いものが見える。 それに打ち震えた三四郎が身を倒すと をんなの隆起した箇所にふれ お止めになって下さらない …

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チュンチュンの逆襲すっぽんぽんの巻

あったま きた ノアタン! あなたが あんまし むずかしいブログを書くから 令和女子高等学校の女子高生に 評判 悪いわよ! ノアタン! バッカみたい! と マジ本気に チュンチュンが 怒っているので うーーん と ノアタンは怯んだ。 ごめんね

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テレヴィジョンに関する二、三の事柄

居間の隅においてあるやや大きめのテレビのブラウン管が 暗いのは いわば テレビを見ていない証拠であり、 わたしが 何もせず --テレビさえも見ていないーー ただ退屈であくびをしているということの証拠ーーといえるかどうかはさておきーー とでも呼ぶべきものだ。 何もしていない退屈な時間こそが有意義なものだ、と過…

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テレヴィジョンに関する二、三の事柄

居間の隅においてあるやや大きめのテレビのブラウン管が 暗いのは いわば テレビを見ていない証拠であり、 わたしが 何もせず --テレビさえも見ていないーー ただ退屈であくびをしているということの証拠ーーといえるかどうかはさておきーー とでも呼ぶべきものだ。 何もしていない退屈な時間こそが有意義なものだ、と過…

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不思議の森

不思議という おおよそ使い古された かつ 抽象的な また、おかしみを誘いもするひとつの単語からはじめると いささか筆が運ばなくなる。 そのような事態に慣れっこになってしまった 今日の読み手は 嘲るということには抵抗し そうかとばかりに 徒労とはわかっていても 空元気をだす。 カフェラテが好きなぼくが …

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雨の降る日にやって来た女。

ひとつひとつの雨を縮小したら、真珠のようなものになるのかしら、 と大智が夢想に身を委ね、概、昨晩、ジャン・ジュネを読んだ、読後 の感情だろう-ーーなんとなく押し入れから出して、夜遅くまで読んでいた ーーをいだいているところに、ドンドンと玄関の扉をたたく音がする。 開けると女が雨に濡れ、下着が透けて見えるため、大智…

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思い出すこと

青くどこまでも広い空を飛行機が飛んでいく。 このころはまだ散文の可能性を信じていた。 危惧することは、何からはじまるか、 と信じることができた。 何故、人は危惧するという感情をもつようになってしまうのか。 それは敏感なで花びらのように繊細な人の感性に触れた時からである。 僕も、大転換期、という事態は知…

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ぼくは「週刊プレーボーイ」が好きだ。

多くの徒が みずからの使命を 投げうち 週刊プレーボーイを読みふける、この行為は それはそれで格別憂慮する事態ではないと思う。 何故なら 野良犬の下痢便のようなレポートよりは この週刊プレーボーイのほうが ずっと優れてい、残されている時間、この容赦のない言葉に 打ち震え もはや早くも 人生の階段を下へ…

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膺懲

国家などといきなり記すと ためらいう読者も多かろうとおもうが われわれには もう プラトン=ナシオン の時代に 立ち返り 口語体で すべての書物を かきなおす必要がある という フルーツの味のような 甘美な課題をきちんと考慮する課題がある。 気持ちいい文体を 世界史に刻んだ先人の残したもうた 書…

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幸福には抗う必要がある

自分のほうからは滅多にというよりおそらく一回も 幸福などという単語をつかったことがないのだが、 きみが、あなたは幸福とは何だと思いますか、 と問いかけるので、インスタントの言葉で、 心があたたかなもので充足している状態だとおもいます、なんて その場凌ぎの発言をしたのを、あなたはまだおぼえているかしら。 …

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玉椿

わたしの家の浴室からシャワーを使っている音が聞こえるが おおかた妻が使っているのだと見当をつけていたところ、 ときどき シャワーのお湯をとめている様子で、 妻がシャワーをつかっているのであれば、野暮な節電などしないので おかしいな、と様子を見に行くことにした。 おい、玲子、玲子か、と問いかけると、 シ…

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ローマの休日に魅せられて

タイトルが ローマ + 休日 ローマ というところが瀟洒で 休日 というところが ゆったりとしている うむ 座布団 四枚 タイトルがおシャレでないと 気をひかない また タイトルのいい映画は おもしろい 内容は パーフェクト 燦燦と輝いていて すぐに 傑作とわかる。 すぐ…

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蟻を食う

アフリカまで行った 像使いを夢見る少年は 日本で ほぼ蟻にあたる虫を 食べることに 驚き なかば 不信に思いながら その虫をあげた料理を食べました。 これは ある映画での話ですが 本当の話らしいです。 その少年は映画の終わりに死に 母親が 号泣します。 これは 映画の基本的な そして 骨太…

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女の子の大切なものを いただく以前。

握り具合のいい ヒヤっとするもの。 それは 万年筆である。 それはいい よくないのは あの ブログを書いて以来  女とベットで 添い寝する夢ばかりみていることだ。 と いいたくなった昼下がりの午後である。 あれは 「いいこと。泊めてあげるわ。裏の窓を 開けてあるの」 と 女のいった日 初め…

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朝、スワン家の寝室での、ぼくの失敗

ある一粒の白い白濁が ベットについていて ぼくがそれに気づいた時には へんな匂いがするわ といってから その白濁に触れ 匂いをかぐと しかめっつらをした。 嫌いと 言いはなったあとの 女の動作を ぼくは スローモーション・フィルムを見るかのように 今でも ありありと おぼえている。 …

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